教員採用に関する見解

1.教員採用試験の前倒し実施

教員採用試験の倍率が低下する中、文部科学省は毎年夏に行っている1次試験を来年度は6月16日を目安に前倒しするよう、都道府県などに検討を求めました。(2023年5月31日 NHK)

 
現在、7月から8月に実施されている教員採用試験を、4月から5月に始まる公務員試験や、6月に採用面接が始まる民間企業なみにしようというものです。
 
 

2.的外れな課題認識

報道によれば、倍率の下がる原因は採用試験が他の職業に比べて遅いことが原因であるとされています。確かにそのことも一つの原因ではあるかもしれません。ですから試験日の前倒しによって倍率は少しはあがるかもしれません。
 
また他の理由として、教員は残業代が出ないとか職場がブラックであるといった理由もよくあげられるところです。確かに、これらも解決しなければならない課題です。しかし、これらの課題を解決すれば教員採用の課題が解決するかというと、そうはならないでしょう。
 
 

3.教員採用試験の倍率の推移

次の表は、1994年から2003年の間の倍率の推移です *1。1991年に2.8倍だった倍率は、徐々に増えて2000年にピークの12.5倍になりました。その後は少しずつ減少していきます。
 

 
 

4.有効求人倍率*2との比較

倍率が前年度の4.8倍から6.2倍に伸びた1995年は住専破綻のあった年です。住宅ローン専門のノンバンクである住宅金融専門会社すなわち住専は、折からのバブル崩壊を受けて破綻しました。
 
また倍率が初めて10倍を超えた1998年には長銀破綻がありました。長銀(日本長期信用銀行)とは一般の銀行と異なり、企業向けに長期の資金を調達する銀行で、いわば戦後の経済復興の立役者でもあったといえる銀行でした。
 
こうした大手銀行の破綻に象徴される不況とそれに伴う就職難を背景に、安定した職業である教育公務員の希望が増えたと考えられます。採用試験倍率がピークを迎える前々年の1998年の有効求人倍率は0.5倍、1999年は0.49倍と底を打っています。
 

 
 

5.近年の傾向

有効求人倍率は2000年から高くなり、2020年に大きく下がりましたが、全体としてみると上昇傾向にあり、2022年には1.31倍となりました。(ちなみに2020年は消費税が10%にあがった次の年でした。就職難との相関関係はわかりませんが、何らかの関係があったかもしれません。)
 
一方の採用試験倍率は、2000年の12.5倍から下降の一途をたどり、2022年には2.5倍となりました。
 

 
 

6.データから読み取る

以上のような状況から、どのようなことが読み取れるでしょうか。
 
まず、教員採用試験の倍率が、時の求人状況や経済状況の関数になっているということです。求人倍率が低いと教員を目指す人が増え、求人倍率が高いと教員を目指す人が減っています。
 
いわば、採用試験の倍率は自由市場原理に任されており、教員を目指す人を増やすための根本的な社会政策が正しく打たれていないということがいえます。理想的には、常に4倍程度の倍率が生まれるといった状況を目指すべきでしょう。
 
 

7.前倒し実施による懸念材料

これまで一般的に、学生は教育実習を行ったあとに教員採用試験を受験しました。大学に入って、教職に必要な知識を基礎から専門へと身に付け、教育実習を経験して生涯の職業とする確信をつかみ採用試験に臨む、というのがこれまでの教職への道でした。それなりに一貫性のある道筋です。
 
しかし今回、こうしたプロセスが、受験者を増やすという目的により壊されてしまうことになります。ことは採用試験だけの問題ではありません。変えるならば教員養成と採用のしくみの全体を見直し、根本的な対応をするべきなのです。採用試験の前倒し実施はあまりにも対処療法的なやり方であり、とても将来の展望がみえる方法とはいえません。
 
 

8.必要な対応

それでは、教員志望が少なくなっている根本的な理由は何なのでしょうか。それは教師という仕事に魅力がないということです。あまりにも多岐にわたる業務を求められ、子供と向き合う時間が少なく、達成感を感じることが少ないところに原因があります。たとえ忙しくてもやりがいのある仕事であれば、試験の日程が遅くても希望者は減らないでしょう。
 
私が考える必要な対応は、次のような事柄です。
 

  • 学習内容について

学習指導要領の内容は、全ての内容を全ての子供に対して行うのではなく、子供に応じて選べるような扱いとする。
 

  • 不登校対策

不登校特例校を設置し、学年制・学級制にとらわれない指導形態や柔軟なカリキュラムを開発し、その成果を小中学校でも生かしていく。
 

  • 職員構成について

大学で教員免許を取得した新卒採用だけでなく、社会経験を積んで専門的な知識や技能をもつ人を、教員として採用する枠を大幅に増やす。
 

  • 教育予算の大幅増

現在の教育課題を解決するだけの人材と予算を投入する。
 

  • 教育目標の明確化

国際平和、環境保全、エネルギー問題などの世界的規模での課題に対し、日本国家として主体的に判断・行動して問題解決することを教育の目標として掲げる。
 
子供に「自分で課題を見付け、主体的に判断し行動する」ことを求めるのならば、国家もまた同様にするべきです。社会という視点で見れば、教育はそのための人材育成です。ここにこそ予算を大量に投入するべきでしょう。
 
そして、こうした世界を実現するためには、自分の興味関心を掘り下げて得意を伸ばし、人と違う発想をし、それを他者と共有するような人材が必要となります。それを実現するカリキュラムとスタッフを用意することが必要です。全ての子供が全ての知識を得る必要はないのです。
 
教員不足の課題は、採用試験の在り方に矮小化される課題ではありません。教育の根幹にかかわる課題であり、日本と世界の向かう将来を左右する課題です。教育の改革こそ、私たちが幸福を感じながら充実した日常生活を過ごすために必要な政治的課題です。小手先の対応でなんとかなる状況ではないのです。
 
 


*1 文部科学省HP
*2 厚生労働省HP