img_0499.jpg横須賀の生命は水にあり河童は水の化身水神である(走水神社にある水神社:走水神社バス停から徒歩1分) 021.jpg衣笠城を命をかけて守った三浦大介が源頼朝の鎌倉幕府を誕生させた(満昌寺:衣笠城址バス停より徒歩10分) img_0677.jpg久里浜にやってきたペリーは日本人の心に火をつけた(ペリー公園:久里浜駅より徒歩15分) 2015-01-032009.24.37.jpg勝海舟はここで断食の後アメリカへと渡った(東叶神社:京急浦賀駅より徒歩20分) img_0172.jpg日本近代の宣言である明治憲法草案は伊藤博文が横須賀の夏島でつくった(明治憲法起草地記念碑:京急追浜駅より徒歩30分) img_0188.jpg軍艦三笠は日本近代の前衛として世界との関係を構築した(三笠公園:京急横須賀駅より徒歩10分) img_0270.jpg原子力空母ロナルド・レーガンは横須賀の未来を占うシンボルである(YOKOSUKA軍港めぐり) img_0178.jpg横須賀の未来は横須賀の子どもたちが創る(横須賀市立小学校) img_0673.jpg横須賀の未来は浦賀の海がカギを握る(浦賀港)

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新しい日本はいつも横須賀から始まる

 横須賀は、日本が新しい時代を切り開く歴史の転換期において常に重要な役割を果たしてきました。源頼朝が開いた鎌倉幕府は、三浦半島に拠点を置く三浦一族なしに語ることはできません。また、日本に開国を迫ったペリーは久里浜沖に来航し、幕府を倒し統一国家形成のために力を尽くした吉田松陰・佐久間象山・勝海舟たちに共通するゆかりの土地は浦賀です。そして日本の近代化は横須賀製鉄所から始まります。このように、横須賀は常に国の発展を先導してきました。こうした横須賀の歴史をよく知ることが、これからの街づくりのために必要です。過去をよく知り大切にすることは、今を大切にすることにつながります。古(いにしえ)の人々の生活に思いをはせる想像力が、現在をしなやかに生きる心の豊かさにつながると私は考えます。

横須賀の街づくりは日本の国づくり

 太平洋戦争の敗戦により横須賀は軍都としての役割を終え、平和都市宣言をしました。しかし、横須賀市には極東の平和維持のため、第七艦隊を擁する米軍が駐留しています。また、平成27年には安保法制が成立し、日本は米軍との関係をより密接にする方向に進もうとしています。日本の向かう方向は横須賀のあり方に大きな影響を与えます。世界の政情が不安定になれば、それは横須賀という街全体の不安に直結します。ですから、私たちが市民生活のありようを考えるとき、私たちは同時に国家のありようも考えざるをえない、そうした都市に私たちは住んでいます。そこで私たちには、国家の影響を受けるだけでなく、国家に影響を与える都市として、この横須賀の街づくりを考えることが求められます。横須賀の街づくりと同時に日本の国づくりを考えるスタンスが必要だと私は考えます。

子どもたちの未来は子どもたちが創る

 将来の横須賀をどのような都市にしていくのか、実際にそれを考えそれを実行していくのは、これからを生きる若い人たちです。私たちはこれまで、自分の子どもたちに地域や郷土についてどれだけ教え伝えてきたでしょうか。この横須賀市の現実についてどれだけ情報を提供し、考えさせてきたでしょうか。そして世界については・・・。私たちの住む横須賀には、日本や世界を知る要素がたくさんちりばめられています。地域や郷土を学ぶことが同時に日本や世界を学ぶことにつながっていく、私たちはそうした環境が用意されている都市に住んでいます。このメリットを生かさない手はありません。子どもたちが横須賀の成り立ちをよく知り、やがて大人になった時に、これまでの歴史を踏まえ日本と世界に貢献していく都市づくりを行っていく。そんな横須賀をめざした教育環境の充実が必要だと私は考えます。

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財政の未来


横須賀市の未来を考えるにあたっては、市の財政がどのようになっているのか理解する必要があります。財政は複雑で理解することが難しいですが、財政に関する資料は国・市・民間からたくさん出ているので、それを読み解いていきます。

LinkIcon歳     入 LinkIcon歳     出 LinkIcon決     算
LinkIcon健全化判断比率 LinkIcon財 政 指 標 LinkIcon藤沢市との比較
LinkIcon国有提供交付金

図書館の未来


横須賀市には横須賀中央に中央図書館と児童図書館があるほか、追浜に北図書館、久里浜に南図書館があります。図書館は静かに本に親んだり勉強したりする大切な場所ですが、図書館をさらに市民が活用するために何が必要か考えます。

LinkIcon図書館の役割 LinkIcon図書館の未来 LinkIconサテライト館

子どもの未来



将来の横須賀を切り開いていくのは、横須賀の子どもたちです。子どもの権利を尊重することは当然の前提ですが、子どもたちが生きがいや目標をもって成長していくためには、私たち大人が、横須賀の将来に対して明確なビジョンを持っている必要があります。ここでは、子どもたちにどんな目標を提示できるのか、考えていきます。

LinkIcon子どもの権利条約 LinkIcon子どもの権利条例一覧
 LinkIcon子ども子育て支援 LinkIcon子ども子育て条例一覧
LinkIcon横須賀市理念条例一覧

障害の未来


平成28年7月、本県にある障害者支援施設の津久井やまゆり園において、殺傷事件がありました。また、旧優生保護法下において、強制的な不妊手術が数多く行われていたことが明らかになってきています。障害について考えることをとおし、私たちはどのような社会を構想するべきか、ということについて考えていきます。

LinkIcon発達障害についてLinkIcon二分脊椎の意味LinkIcon「僕が跳びはねる理由」

教育の未来


人類の持続を可能にするためには環境保全が必要である、という問題意識に端を発した地球サミットですが、そのためには教育を変えていかなければならない、というテーマが現在では議論の中心となってます。これがESD(持続可能な開発のための教育)です。世界のESDの議論と日本のそれを比較して考えてきます。

 LinkIcon関 連 年 表LinkIconSDGsLinkIconESD
LinkIcon日本のESDLinkIcon日本のESD批判

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近代をつくった横須賀ゆかりの人々

吉田 松陰


松陰が下田で海外渡航の企てに失敗したあと、野山獄で綴った「幽囚録」に寄せた佐久間象山の文があります。

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勝  海舟


「海舟の談話について、私はかねてから個々の事実だけでなく、その全体としての信憑性について、かなり深刻な疑惑をもっていた。」

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小栗 忠順


「この松本村の一隅につくった私塾松下村塾で育つ若き子弟によって、長州藩を変え、日本を変える。さらに世界も変えたい。」小栗が読んだ、吉田松陰「松下村塾の記」の一節です。

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中島三郎助


1853年(嘉永6)黒船が開国を求めて横須賀にやってきます。「外国船は速やかに退去すべし。この地に停泊することは許さない」というのが幕府の方針です。

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伊藤 博文


博文は、1841年(天保12)9月2日、現在の山口県、当時の長州藩に生まれました。明治政府で活躍する同じ長州藩の出身者に木戸孝允や井上馨がいますが、…


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現代の国の形を照らす人々

北 一輝


北一輝は、明治16年(1883)に佐渡で生まれ、明治39年(1906)に「国体論及び純正社会主義」を出版します。このとき北は23歳、日本は日清・日露戦争に勝利し、韓国併合に向け着々と手を打っている時代でした。

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大川周明

小田急線本厚木駅で降りてバスに乗ることおよそ30分、「局前」というバス停に着きます。このバス停で降りて細い道を入っていくと、しばらくして山十邸に着きます。

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井上成美


子曰く、君子は人の美を成す(論語) —君子は、他人の善行については、それが成就するように援助する。— 井上の名前の由来です。

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石橋湛山


ドイツから取った物や、這次(しゃじ)の対支交渉の結果で得た物の喪失だけでは、到底済まぬ。おそらく二十七、八年戦役*から積み上げて来た一切の獲得物を、元も子もなく、取り上げられるだろう。

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現在の横須賀をつくった人々

馬淵 曜


馬淵組というと、横須賀では知らない人のいない有名な建設業者ですが、この馬淵組の創業者である馬淵曜(あきら)という人が馬淵聾唖学校を創設し、…

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ベントン・W・デッカー


横須賀海軍基地は、1945年(昭和20年)8月30日に米軍に明け渡され、以後、米海軍横須賀基地となりました。

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長野正義


長野正義は明治33年11月3日、当時の鎌倉郡川上村舞岡、今の横浜市戸塚区舞岡町に生まれました。


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会津/夢の一ふし


横須賀の姉妹都市である
会津の歴史と酒を集めました

横須賀子育てストーリー


横須賀の子育て考えます