慰霊碑


 現在、横須賀市内には昭和20年以前に建立された慰霊碑や記念碑が50余りあるそうです。多くは戦没者の霊を慰めるものであり、死者に対する敬虔な気持ちを呼び覚ましてくれます。記念碑と共に過去の歴史を大切にしたいものです。

撤去された忠魂碑


 昭和21年(1946)11月1日、内務・文部両次官名で「公葬等について」という通達がでます。その中に、「忠霊塔や忠魂碑など戦没者のための記念碑や銅像の建設は一切禁止し、現存するものについては、学校内に存在する場合は撤去し、学校以外の公共の施設や構内にある軍国主義的または超国家主義的思想を宣伝吹聴するものは撤去する」とありました。この通達により、諏訪公園の招魂塔と衣笠公園の忠魂碑は塔身部分がありません。初めて諏訪公園に行ったときにこの台座を見て、「なんだこれは?」と思いましたが、いきさつを知ると、「ほ~う」という感じです。是非後世まで、このいきさつとともに残してほしいと思います。

諏訪公園招魂塔



ヨゼフ病院の裏門と魚籃亭の間にある諏訪神社をさらに上ると諏訪公園があります。ここに台座のみとなった招魂碑があります。塔身部分は上記の通達に基づき撤去されました。しかしこの通達は基準があいまいなため、のちに「軍事崇拝や英雄主義を露骨に象徴したもの」を撤去すると修正されています。それにしても、台座に設置された外灯は何とかならないでしょうか。


衣笠公園忠魂碑



衣笠山公園は、もともとが明治40年4月に日露戦争の戦没者の霊を慰めるための記念塔を建設し、桜樹とツツジを植えて公園としたものですから、この場所が公園の中心ということになります。撤去された塔身は、金属製で写真を見ると数メートルの高さがあります。台座だけが当時の物で、現在は台座の上に展望台があり「衣笠聖観世音」が祀られています。


大震災遭難者供養塔


 ここ港町公園には、大震災供養塔、遭難者碑、地蔵尊があります。昭和4年9月1日の日付の横須賀市長小栗盛太郎の碑文があります。崖の崩壊により道路を行き来していた人たちが多く犠牲になったことから、この場所に供養塔が置かれたそうです。

JR横須賀駅と京急汐入駅の間にあります

横須賀市の犠牲者517名を追薦してます

祠の中に大震遭難追善地蔵尊があります