図書館の役割

1 はじめに


 戦争が終わって70年を過ぎ、すでに戦争は遠い記憶となり、戦後は終わったと言う人もいます。この時の戦後とは太平洋戦争後を指していますが、戦後復興を成し遂げた今の日本を見れば、いつまでも戦後でもないだろう、という感覚もわからなくはありません。

 しかし私自身は、従軍慰安婦の問題など近隣諸国との関係がくすぶり続けているのをみても、天皇陛下が東南アジアへの慰霊の旅を続けているのをみても、戦後は終わっていないと思ってきました。それは、太平洋戦争の戦後処理が十分に済んでいないと考えるからです。戦後は終わったという言い方は、戦後処理をうやむやに終わらせてしまう危うい考え方だと思ってきました。しかし最近では、戦後とは太平洋戦争後という限定された概念ではなく、前の戦争と次の戦争までの間をさす一般的な概念だというふうに思えてきました。なぜならここのところ、何やらキナ臭い雰囲気となってきたからです。

 平和な日常生活(戦争のない状態)というのは現在においても未来においても、我が国では当たり前のように続くのだと思ってきました。しかし、どうもそうではなさそうです。確かに歴史をひもといてみれば、世界のどこかで戦争は常に行われている、といえるくらい、歴史は戦争の連続であったということに今更ながら気がつきます。戦争状態が世界の常態だとすれば、戦後とは前の戦争の戦後であり次の戦争が始まるまでの戦前をさすのだ、ということになります。私たちはいよいよ本気で、次の戦争に向き合わなければならないのかもしれません。

 私たちの世代(私は昭和31年生まれです)は、前の世代の人たちの苦労や努力のおかげで幸運にも戦争のない世代でした。戦争の悲惨さは幼い頃に、従軍した親戚の人から直接聞いて驚愕を受けたことを覚えていますし、憲法9条は私たち国民が当然守り続けるべき理念であると、生まれてこのかたずっと思ってきました。しかし今、この平和がいつまでも続くとは考えられないくらいに、時代は戦争の影を帯びてきたように思えます。

 戦争の危機が常にあるならば、戦争を回避する努力も常に行なっていなければなりません。武力でなく外交で戦争を回避するべきだ、ということは頭では理解していましたが、北朝鮮のミサイルが日本の上空を通過する事態に遭遇すると、外交というものの内実が改めて問われてきます。相当な知識と経験の積み重ね、知性の腕力、強靭な意志などを兼ね備えた政治家が必要となるのではないでしょうか。

 残念ながら私の生きてきた時代には、こうした政治家に出会うことはありませんでした。しかし、今からでも遅くはないと思います。これからの厳しい時代を切り開いていく、次の時代を担う若者をこれから育てていくことが、戦後と戦前をつなぐ私たちの世代の使命として顕在化してきたように思えます。私たちは、これから成長していく子どもたちに、広い視野、現実をしっかりと受け止めるリアリズム、未来を想うビジョン、そのビジョンを実現するための戦略を構想する力、こうした力を育てていく必要があると思われます。

 それでは、どのようにこうした力を育てていくことが可能か。ここでは、図書館の使命とあわせてこのことを考えてみます。

2 図書館のミッション


 「地方自治と図書館」という本があります。元鳥取県知事の片山善博と慶應義塾大学教授の糸賀雅児という人が書いた本です。内容の概要は題名にあるように、地方自治の基盤は民主主義であり、それを支えるのが図書館の役割である、というものです。

住民自治を機能させるうえで、地域住民が自らの主体的な判断にもとづいて適切に意思決定できるよう、図書館はさまざまな情報を住民に提供し、知る権利・知る機会を保障する役割を担っている。その意味で、図書館は民主主義を機能させる社会基盤(インフラ)の一つである。だからこそ、すべての人に図書館サービスが権利として保障されなければならない。(第三章 民主主義社会における図書館)


 ここにあるように、地域住民が適切な意思決定をするためには十分な情報が必要であり、図書館はこれを実現しなければならない、ということはその通りでしょう。しかし、ここで述べられている知る権利・知る機会の保障ということについては、前提があるはずです。それは、なぜそのことを知りたいのか、なぜ知る必要があるのか、そして知ってどうするのか、ということです。私は、このことが問われるべきだと思います。

本来民主主義の社会においては、権力による情報操作ないし権力の側に操作する意思がないとしても、権力側が日々大量に垂れ流す情報に対抗するための情報拠点が不可欠である。(第二章 図書館のミッションを考える)


 ここで述べられていることも同様です。著者は図書館のミッションを「国民・住民が自立するための知的インフラ」としていますので、この文章は、自立とは権力に対抗することである、と読めます。確かにそうした面はありますが、単に対抗するだけが市民としての役割ではないと思います。

図書館が国民・住民にとって大切な事柄について常にバランスの取れた情報環境を提供する。それは政府の一方的な情報に惑わされることなく、むしろ敢えてそれらへの対抗軸としての情報環境を整えるぐらいの姿勢が求められよう。(同上)


 図書館がバランスのとれた情報を提供する、という考えは一つの良識だと思います。バランスのとれた情報により、市民は権力に迎合することなく主体的に判断する、というのは自立した市民の一つのイメージではあります。しかし、私が横須賀市の図書館に求めるものはこれと違います。それは、市民の自立から一歩進んで、図書館を活用した活動そのものが市民の社会参加となるような、そうした図書館の活用のあり方です。図書館はいかにあるべきか、ではなく、私たちは図書館をどう活用するか、というところに私の関心はあります。では、図書館はいかに活用すべきでしょうか。

3 市政の方針にそった戦略的な活用


 横須賀市は現在、人口が大きく減り続けています。これは市の存続の危機であり、大きな財政問題でもあります。また横須賀には米軍と自衛隊の基地があります。戦争になった場合には、攻撃を受ける危機があります。横須賀では国の危機と市の危機がイコールとなります。このように内外に大きな課題を抱える本市の問題を考え解決するのは、市民である私たち自身しかないという覚悟が必要でしょう。そしてこの課題に立ち向かうためは、知識と知恵と行動力が必要です。私たちは、こうした力を備えた人材を育てていかねばなりません。

 学校教育においては、国民として身につけるべき学習内容が決められており、全ての国民としての子どもがひとしく教育を受けることとされていますが、その中には普通教育の目標として、第21条に次のような規定があります。

  1. 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
  2. 学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
  3. 我が国と郷土の現状と歴史について、正しい理解に導き、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うとともに、進んで外国の文化の理解を通じて、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
  4. 家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業その他の事項について基礎的な理解と技能を養うこと。
  5. 読書に親しませ、生活に必要な国語を正しく理解し、使用する基礎的な能力を養うこと。
  6. 生活に必要な数量的な関係を正しく理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
  7. 生活にかかわる自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
  8. 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。
  9. 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸その他の芸術について基礎的な理解と技能を養うこと。
  10. 職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。


 ここに10ある目標の中で私が特に重要と思うものは、3の「わが国と郷土の歴史の現状と歴史」に関する記述です。また、「進んで外国の文化の理解を通じて、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」の部分はまさに横須賀市のためにあるような目標だと思います。

 しかしこれら10の目標は、学校教育だけで完成できるものではありません。図書館法第3条には、「学校教育を援助し、及び家庭教育の向上に資することとなるように留意し、おおむね次に掲げる事項の実施に努めなければならない。」という次のような規定があります。(抜粋)

  1. 郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード及びフィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料を収集し、一般公衆の利用に供すること。
  2. 図書館資料の分類排列を適切にし、及びその目録を整備すること。
  3. 図書館の職員が図書館資料について十分な知識を持ち、その利用のための相談に応ずるようにすること。
  4. 他の図書館、国立国会図書館、地方公共団体の議会に附置する図書室及び学校に附属する図書館又は図書室と緊密に連絡し、協力し、図書館資料の相互貸借を行うこと。
  5. 分館、閲覧所、配本所等を設置し、及び自動車文庫、貸出文庫の巡回を行うこと。
  6. 読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を主催し、及びこれらの開催を奨励すること。
  7. 時事に関する情報及び参考資料を紹介し、及び提供すること。
  8. 社会教育における学習の機会を利用して行つた学習の成果を活用して行う教育活動その他の活動の機会を提供し、及びその提供を奨励すること。
  9. 学校、博物館、公民館、研究所等と緊密に連絡し、協力すること。


 特にこの9項にあるように、図書館は「学校と緊密に連携し、協力すること」、とされています。また、4項には「学校に附属する図書室と緊密に連携し、協力し」とあるように、図書館は学校と連携・協力することがあらかじめ想定されています。そして、そもそも第3条前文には「学校教育を援助し得るように留意し」とあります。

 学校教育法にあるように、学校教育には国民としてひとしく学ぶべき内容と、地方自治の一環として学ぶべき「郷土の現状と歴史」があります。特にこの郷土に関する事柄については、図書館の資料がとても重要になります。郷土資料を収集する中心は、やはりそれぞれの地域の図書館でしょう。さらに図書館の活動として掲げられている「読書会、研究会」等の主催などを活発に実施していくことが、次世代の育成にとって必要なことだと思います。

 学校教育法の内容は抽象的ですから、横須賀市でこの内容を実施するにあたっては、この内容を横須賀市に当てはめて具体的に考えることが必要となります。第3項を横須賀市にあてはめて捉え直すと、つぎのようになるでしょう。

 横須賀市が鎌倉幕府の成立や明治維新に際して大きな役割を果たした歴史や、現在米軍基地や自衛隊基地が多く存在していること、また人口減少・高齢化といった横須賀市が置かれている現状について正しい理解に導き、こうした課題を抱える横須賀市が目指すべき社会の形成に主体的に参加し、さらに進んで国際社会の平和と発展に寄与する態度と実践する能力を養う。

 横須賀市立図書館の役割は、横須賀市をどこに向けて再構築していくのか、という目標にそった戦略として構想すべきだと思います。

参考資料
「地方自治と図書館」片山善博・糸賀雅児著(勁草書房)
「地域の情報ハブとしての図書館」図書館をハブとしたネットワークの在り方に関する研究会