「小説 小栗上野介日本の近代化を仕掛けた男」 童門冬二著 (集英社文庫)


童門冬二の歴史小説です。小説ですが、歴史上の人物の紹介とか歴史的な出来事の解説とかが時々入ってきて、純粋な小説という感じではありませんが、私のような初心者にとっては、とてもわかりやすい本でした。以下、内容の一部をご紹介します。

グローカリズム


 「この松本村の一隅につくった私塾松下村塾で育つ若き子弟によって、長州藩を変え、日本を変える。さらに世界も変えたい。」小栗が読んだ、吉田松陰「松下村塾の記」の一節です。小栗は考えます。

小栗上野介は・・胸が震えた。それは、「一介の浪人学者が、これほどの高い志を持っていたのか」ということに驚いたからである。松陰の思想は現在でいえば「グローカリズム」だ。グローバルにものをみながらしかも自分が拠点をおくローカル(地方)を大切にするという考え方である。これは明らかに、「国際情勢を意識しながら、自分の住む地域を意義づける」ということだ。「中央に向かっての、地方からの志の発信」だ。


 これは、官軍との徹底抗戦を主張して慶喜から処分され、江戸から領地の上野国権田村に帰ることになった小栗が考えたことです。小栗もまた、権田村で塾を開く準備をしています。新しい学問を教え、農兵隊を組織し、ここから太政大臣を出すんだと考えていました。小栗の目は常に明日を見据えています。

小栗の新国家構想


 桂小五郎が、たった一度だけ将軍慶喜を「家康の再来だ」と褒めた話が出てきます。

それは慶喜が小栗のこの構想を実現しようとしたかだら。そのためこれがかれらの、「徳川幕府打倒」の最大の標的になったのだ。長州藩や薩摩藩(鹿児島県)などの西南雄藩が倒そうとしたのは、今までの徳川幕府ではない。むしろ小栗上野介が構想する、「リニューアル徳川幕府」である。


 この「リニューアル徳川幕府」とは何かというと、藩を廃止し郡県制をしき、徳川の中央支配のもとに現在の大名を郡あるいは県の首長するというものです。リニューアルした徳川幕府はすでに武家の政治組織ではありませんから「幕府」ではなく新しい政治形態となるでしょうが、藩からすれば現在の権限を奪われてしまうわけですから、そんな構想は打倒しろということになるでしょう。

 郡県制について、小栗と海舟が会話をする場面があります。長州を降伏させるために軍艦奉行を再び命ぜられた海舟が、大坂に向かう前に小栗のところにやってきます。小栗はそのとき、大名の廃止と郡県制の構想を海舟に告げます。海舟は答えます。

もしも今、小栗さんがいった郡県制を日本につくり出すとするならば、徳川家がまず最初に政権を朝廷に返すべきなんじゃないでしょうかね。だってそうでしょう。徳川家が今のままで存続し、大名は全部廃止してしまうというのは、徳川家の私権をいよいよ拡大するということではありませんか。それは、政治を私することであって、政治が天下のものだということを忘れていることになりますよ。オレはあんまり感心できねえな。


 海舟の考えは大政奉還にあります。天皇のもと、徳川家と雄藩が同じ立場に立つのか、徳川家の権力を強めた上で郡県制を実現するのか。歴史の岐路はここにありました。

横須賀製鉄所のこと


 慶応4年3月6日、勝海舟の使いで山岡鉄舟が権田村に小栗を訪ねてきます。山岡は、勝の代理としてその時駿河にいた西郷と単身面会することになっていました。新政府軍の幕府側に対する降伏の条件をあらかじめ探ることが目的です。山岡は、小栗が西郷にこれだけは頼みたいということがあれば、率直に聞いて来いという勝の命を受けて、やってきたのでした。小栗は、横須賀の製鉄所を完成させることを勝から西郷に伝えてほしいと頼みます。

「あの製鉄所は、幕府海軍の強化のために、フランスと協同で造りはじめたものです。今は争乱のために建設が中止されておりますが、継続して製鉄所を造り続けていただきたいということです。ぜひ完成させていただきたい。あの製鉄所は、幕府のためではなく日本のために役立ちます。そして絶対に必要なものです。そのことを、ぜひ勝さんから西郷さんに交渉していただきたい」


 これに対し山岡は、新政府に製鉄所を渡したくないので爆破したらどうかという意見が幕府内にあることを伝えます。これを聞いた小栗は、「なにをばかなことを!」と烈火のごとく怒ります。

「まだ、そんなことをいっているのですか。あの製鉄所は、もともとわたしは幕府のために造った訳ではない。新しく生まれる国家のために造りはじめたのです。だからわたしは、新しく生まれる国家に、引き出物として土蔵付きの家を差し上げる、とまでいったはずです」


 身は幕府に属しながら、小栗の思想と行動は新しい国家に向いています。この小説のサブタイトルにあるとおり、政治形態をどのようにするかという考え方いかんにかかわらず、確かに「近代化の仕掛人」ということが小栗の思想と行動の本質であると考えることができそうです。

金はどうやって生み出すか


 横須賀に製鉄所を造るには金がかかるよ、と尋ねる幕府の医者で小栗の良き理解者である栗本鋤雲に対し、小栗はこう答えます。

今の幕府財政は、危機に瀕している。しかし、それは組まれた予算の中で、冗費や惰性で残している仕事が多いからだ。思いきって、この際それを切り捨てる。それには、「こういう大きな仕事をするため」という、目標を設定することが大切だ。その目標を「横須賀製鉄所建設のため」とするということである。言ってみれば、中小の河川の流れを、横須賀製鉄所建設という大きな川の流れの中に引きずり込んでしまう、ということだ。


 反対論が多い中で何かを実現するには、明確な理念と強い意志が必要だということを痛感させられます。ここが小栗の一番の魅力だと思います。

妻道子との結婚


 小栗14歳のときのエピソード。播磨(兵庫県)林田の一万石の大名建部家の客となって、藩主と煙草を呑みながら「これからの日本は、積極的に開国をおこなって、大船を建造し海外へ進出すべきだ」と開国論を論じています。ここまでは有名なエピソードですが、実はこの後があります。

相手がまだ14歳なので、藩主はにこにこして笑っていたが、家臣たちは呆れて目を見張った。しかしこの時、建部家の当主内匠頭政醇は感心した。心の中で密かに、「この青年に娘をめあわせたい」と考えた。


 こうして小栗が23歳の時に、建部家の当主の娘道子が小栗の妻となったということです。

領土問題を考える


 勘定奉行で日露和親条約締結に手腕を発揮した川路聖謨(としあきら)という人の話が出てきます。樺太(サハリン)の帰属をどうするかで結論が出なかった時に、川路は樺太は日本でもロシアでもないことにするという棚上げ論を提案します。ロシアのプチャーチン大使もこの案に賛同します。作者はこう述べています。

したがって、この時に結ばれた条約では、樺太は日本あるいはロシアのいずれにも属してはいない。そういうあいまいな表現がとられている。あいまいな表現ではあったが、その時の世界に、「いずれの国にも属さない、自由な島」が存在した。この教訓は、現在も世界各地で起こっている領土紛争にも、ずいぶんと役に立つのではなかろうか。


 現在の領土紛争は、この話とは逆の方向に進んでいるように思います。時代はあいまいさを許容しない方向に進んでいるのではないでしょうか。「この問題には当面触れないでおく」という対応は、一つの成熟した態度であると言えるでしょう。